ドラゴンボールGT最終回考察!神龍と共に消えた悟空の意味とは!?

BSフジより引用

ドラゴンボールGTという作品を知っているでしょうか?

近年、再びドラゴンボールというコンテンツが小学生の間で盛り上がっているというのはとても凄い偉業だと、常々思います。

メイド
メイド

子供に対して、孫悟空といえば西遊記ではなく、ドラゴンボールをイメージさせるのって凄いことですね

ドラゴンボールの連載が1984年という、筆者もまだ生まれていない35年以上前に週刊少年ジャンプにて連載が始まって、最終回が1995年という11年で幕を下ろした物語です。筆者もギリギリ生まれたくらいという古い作品といっても差し支えはないでしょう。

ドラゴンボールという7個の球を集めることで神龍を呼び出して、願いを叶えてもらうという設定で話を膨らませてきた物語です。

そして、ドラゴンボールの連載終了を惜しんだテレビスタッフにより、アニメオリジナルでシナリオが練られたのが『ドラゴンボールGT』という作品です。

しかし、ただでさえ嫌われやすいアニオリシナリオが原因で、ファンの間では黒歴史扱いされていることも多いです。

しかも、ドラゴンボール終了後20年後に鳥山明監修で2015年より、原作の続編として『ドラゴンボール超』という作品の放送もあり、公式でドラゴンボールGTは黒歴史扱いされている傾向にあります。

そんな評判が賛否両論で別れるドラゴンボールGTですが、『良すぎる主題歌!』や『ドラゴンボールの最終回としては最高!』と評価するファンも居るのもまた事実です。

そのファンの間でも、『泣けるけど、最終回の解釈はどうなるのだ?』と、いった形で考察が盛んになされています。

今回はそんな泣ける程に感動する、『ドラゴンボールGT』最終回についての考察をしていきます。

ドラゴンボールGT最終回の内容

ドラゴンボールGT最終回64話を語る前に、63話の説明も挟みます。

ドラゴンボールの根幹を担うお馴染みの神龍という存在が、7体の邪悪龍へと変貌してしまいます。その7体の邪悪龍のラスボスである最強の敵『超一星龍』というラスボスに対して、孫悟空は全宇宙の元気を集めた元気玉を用いて超一星龍を撃退します。

ようやく、敵を倒したものの、悟空が倒れてしまいます。そこへ、「出でよ神龍!そして願いを叶えたまえ!」、と掛け声を叫ばないと現れる筈のない神龍が勝手に現れる、という異常事態で幕引きになります。

そして考察しなくてはならない程に難解な最終回が始まります。

最終回Aパート

ドラゴンボールGT64話、『さらば悟空… また遭う日まで』Aパートが始まります。

勝手に登場した神龍は、だれも願いを口にしていないにも関わらず、悟空を癒し始めます。

神龍を見た悟空は全てを察した顔をします。そして、最後の願いとして『神龍達の被害にあった人達を生き返らせて欲しい』という内容の願いを言い、それを了承します。

それを見届けた悟空は突如、神龍に乗ってどこかへと消えていきます

その意図に気付いたのは、ベジータのみという状況です。

その後、ドラゴンボールGTで全く出番の無かった、ヤムチャ、プアール、天津飯、餃子の上空を横切り、亀仙人、クリリン、ウミガメが集まっていた亀ハウスに悟空が現れます。

クリリンと久々に手合わせを申し込んでくる悟空で、亀仙人は何かを察します。そして、クリリンとの手合わせに満足した悟空はいつの間にか消えていました。

次に、超17号編で地獄に落ちてしまったピッコロの前に悟空が現れてお礼を言います。そのお礼を言われたことでピッコロもまた、ベジータと亀仙人と共に何かを察します。

最終回Bパート

Bパートも、考察の余地がありそうな場面が度々写されます。

一方、ベジータ以外の悟空を見送った面々達はすぐに帰ってくると楽観視しながら去っていきますが、パンが1人神龍が消えた空を見上げています。

トランクスが呼びかけると、パンは『本当に神龍は消えたのか?』と聞いてきます。

それに対するトランクスの答えがこれ。

「パンちゃん、オレ達は試されているんのさ。これからなんにも頼らずにオレ達の力でこの星を、この宇宙を良くしていくんだ。それを認めてくれた時、またきっと必ずドラゴンボールは現れるよ」、とあくまで現代にドラゴンボールが消えただけで、いつかの未来には復活すると示唆します。

その答えに満足気に頷くパン。それを見届けてトランクスは立ち去ります。パンも一緒にトランクスに着いて行こうとした時、悟空が着ていた胴着が脱ぎ捨てられているのを発見します。

今さっき神龍と消えた悟空に疑問を持っていたところ、ベジータが一言だけ洩らします。

「そいつは大事にとっておけ」と……。まるで、形見であるかの様な発言をします。

その頃、悟空は「あったけぇな、神龍の背中……」と神龍に抱き着くと、ドラゴンボールが悟空の身体に飲み込まれていきます。

それから100年後。主要キャラクターが居なくなってしまった世界にて、1人パンだけが老人になっても生きていました。

天下一武道会にパンの玄孫(孫の孫)に当たる孫悟空(ドラゴンボールGTの主人公とは別人)が参加します。対戦相手はベジータの子孫になります。ブルマの瓜二つの子孫が、悟空やパンらのことを知らなかったので、関係が途絶えていたものと思われます。

その試合、パンは1つの懐かしい面影を見付けます。それは、自分の祖父である孫悟空を発見します。

近寄るものの、悟空の姿は見当たらない。

そのまま、EDへと突入して物語が終了していくという意味深なラストを迎えて幕を閉じていきます。

悟空はどうなったのか?

ドラゴンボールという作品は子供が見てもわかりやすい、敵が出たら悟空が戦うという作品です。しかし、ドラゴンボールGT最終回のみに限っては初見では『何がなんなのか?』といった感じでかなり考察の余地があるラストへと繋がります。

その考察をまとめていきます。

悟空は既に命を落としていた

悟空は最終回に入る前の63話にて亡くなっていたものと考察出来ます。

ラスボスの超一星龍戦にて、どれだけ攻撃を加えても倒れない悟空に対して疑問に思う描写があります。既にこの段階で、命を落としていたのではないでしょうか?そして、描写がありませんが、悟空と神龍で何らかの形でコンタクトがあり、延命していたのだと思います。

パンが悟空に「神様になったみたい」という発言がありますが、もしかしたら本当に神様になっていたものと考えて良さそうです。

だからこそ、超一星龍を元気玉で倒した後に悟空が倒れていますが、神龍によって延命していた力が無くなってしまっていたのだと考えられます。

そして、悟空と会話をする為に、初めて神龍が自らの意思で願いを叶える力を『悟空の蘇生』に使います。この解釈は、悟空が『神龍の依り代』になった為に誰からも願われることのなく回復させたものと読み取ります。

そして、悟空が依り代になる直前で『神龍達の被害にあった人達を生き返らせて欲しい』と言います。これも、従来の方法である『ドラゴンボールを集めて呼び出した』とは言い辛く、叶える必要のない願いではあるが、最後の悟空の願いを神龍が聞き届けます。

神龍なりの優しさだったのではないでしょうか?

ベジータらが察したことは?

ベジータ、亀仙人、ピッコロの3人が悟空の態度で何かを察する描写があります。これは何だったのかを考察します。

これは、パンが見付けた『脱ぎ捨てられていた胴着』に対して、ベジータが「そいつは大事にとっておけ」と発言したのがほぼ答えではないでしょうか?

『もう帰ることはない』というのを告げていた、という解釈で間違いなさそうです。

また、神龍を見送るメンバーの中に、ドラゴンボールGTには登場しなかったヤムチャ、プアール、天津飯、餃子の姿があります。

彼らはどんな意図があったのでしょうか?これに対して、他のブログや、感想などでは『最終回故のただの演出』として見ているのか、ほとんど触れられません。このサイトでは、こちらも考察していきます。

天津飯のみ、いきなり目が開き、大慌てで滝の中から飛び出して神龍を目撃します。悟空は天津飯に対して何も語ることはありませんでしたが、もしかしたら天津飯のみは悟空の気を感じて、異常を察したのではないでしょうか。

悟空が神龍になった説は正しいのか?

ドラゴンボールGT最終回は、『悟空が神龍になった』という考察が見受けられます。このことについて、私も考察していきます。

私がGT最終回で、1番不可解な違和感がある場面が、悟空が着ていた胴着が脱ぎ捨ててあったのをパンが目撃したシーンです。

何故なら次のシーンでは、神龍の背中に乗った悟空は明らかに胴着を着ています。

地上に脱ぎ捨てられてあった胴着と、神龍の背中に乗った悟空が着ている胴着という同じものが2つ存在しているという矛盾が発生しています。これはどういうことなのでしょう?

これは予想ですが、神龍が勝手に悟空を蘇らせた時点で悟空の存在は消えてしまったのではないでしょうか。この時点で、『悟空は神、もしくは神龍と同等の存在になってしまったのでは』と、考えます。

地上での悟空は存在が消えてしまったので、胴着だけが地上に残った様に思えます。

そして、人間よりも高次元な存在になったことにより、ピッコロが住む地獄へも足を踏み入れる存在になったのです。

神龍に乗った悟空が着ている胴着は、実体の消えた悟空がイメージで作ったものかな、と思います。

私も、悟空が神龍になったという考察で間違いないと解釈します。

100年後の悟空

100年後、パンの前に現れた悟空は何者だったのでしょうか?パンの幻覚だったのか、実際に本物の悟空だったのか、を考察します。

ここで、最終回で語ったトランクスのセリフを思い出して下さい。

「パンちゃん、オレ達は試されているんのさ。これからなんにも頼らずにオレ達の力でこの星を、この宇宙を良くしていくんだ。それを認めてくれた時、またきっと必ずドラゴンボールは現れるよ」、というトランクスの解釈です。

これに当てはめると、悟空の消えた100年後の世界にて、トランクスが語った『これからなんにも頼らずにオレ達の力でこの星を、この宇宙を良くしていくんだ』というセリフが有言実行されたのではないでしょうか。

『それを認めてくれた時、またきっと必ずドラゴンボールは現れるよ』は、ドラゴンボール=孫悟空と考察出来ます。

つまり、100年経って龍神に認められて悟空が地球へと帰ってきた描写に思えます。

究極のドラゴンボール編にて、悟空が子供にされた呪いがありました。もしかしたら100年後にパンの前に姿を現す『その数年前』に、子供の悟空が戻ってきて成長したからパンの前では成人状態だったとも解釈出来そうです。

最終回EDで、感動的な回想シーンが連続しながら悟空が歩いています。

EDで歩いている悟空の映像は、過去のシーンではなく、神龍に乗った際に着ていた胴着を着ているので本物の悟空目線であるのがわかります(回想シーンでは亀マークの付いた橙の胴着を着ている)。

おそらく、悟空が昔を懐かしみながら、人の雑多を歩いているEDと解釈出来るのではないでしょうか。

生死不明という内容の意図で作ったものらしいですが、私はドラゴンボール最終回はこの様に考察します。

ドラゴンボールGTは黒歴史なのか?

『ドラゴンボール超』という公式でアニメ『ドラゴンボールZ』の続編を作りました。フリーザが復活して現世で生存していたりと、GTとは繋がらないものになってしまい黒歴史扱いになってしまっています。

しかし、本当に黒歴史なのでしょうか?

まだ、これからもドラゴンボール関連のメディア展開で変わってくると思いますが、悟空の強化形態として『超サイヤ人ゴッド』、『超サイヤ人ブルー』、『身勝手の極意』があります。

しかし、頑なに『超サイヤ人4』という単語を出さないので、完全にGTが無視をされているわけではない様です。

もしかしたら、今後本当の完結編としてのドラゴンボールGTが始まるのかもしれません。

メイド
メイド

期待して待っていましょう

総評

ドラゴンボールGT最終回について、神龍と共に消えた悟空の考察をしてみました。

折角大題円のハッピーエンドで終わらせたドラゴンボールというコンテンツを、ビターエンドというやや暗めのEDにしたことについては賛否両論です。

しかし、ドラゴンボールGTという作品も魅力に溢れた作品であると思います。

悟空がドラゴンボール=神龍になって消えたという考察をします。

しかし、100年経ってドラゴンボールと一緒に悟空も帰ってきたという、ややご都合主義の混ざった解釈をしましたが、これが私なりのドラゴンボールGTの考察とします。

今回はこれで終わります。ありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました